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一般の民草には、お武家の区別なんて判らないのをいいことに。空き家になってた某藩の宿坊屋敷へ勝手にもぐり込み、ご法度の偽造貨幣の鋳造なんて大罪を手掛けていた連中は。その屋敷の大元の主人つながりの面々ではないのは勿論のこと、当藩ご配下のお武家でもなく。何かしらとんでもない事をやらかした罪から他所の藩から放逐されての、言って見りゃあ“浪人”になりたてという立場のお人が、面目保つための資金を稼ごうとし、与太者の企てへ易々とのってのこたびの所業。現場にいたのはその主人から全ての計らいを任されていた、主人の幼いころから傍づきだという家老職のお武家であり。
「だっていうのに、そのご主人様と来たら。」
「??」
「なになに、まだ続きがあるの?」
場所に縁りのある藩や、当事者のいた某藩への聞こえも考えてのこと。表向きには内密の、こそりと繰り広げられていた捕り物は、取っ掛かりですっかりと“こちら”のペースにされてたその上、さすが凄腕の面々で取り掛かっただけあって、ほんの数刻で鳧がついたほどの楽勝だったそうなのに。そこから夜食を食べにと直接帰って来た長っ鼻の下っ引きくんの言いようへ。前以ての連絡もあったし、何よりまださほど夜更けということもなしと、暖簾を掛けたままだった“かざぐるま”にて、こそり その捕り物の話を聞いてた面子が、話の流れへ“おやおやぁ?”と怪訝そうに聞き返したところ。炙ったアジのほぐし身とミョウガを振りかけた飯へ、だし汁をかけた茶飯というお御馳走をいただきつつも、捕り物の一部始終を、なかなかの大活劇だったぞと面白可笑しく語ってたウソップ曰く、
「そんな男なぞ、わたしは知らぬと言い出したんだと。」
「え?」
「出たな、責任回避の術。」
チョッパーが“何で?どうして? その人の命令でやってたことでしょ?”と小首を傾げたのへ。小さな肩へ両手を乗っけ、感慨深げにうんうんと頷いたのが、女将のナミだ。
「きっと段取りのあれこれが面倒だったからって任せたくせに、
いざコトが露見したら、
部下が勝手にやってたことだと言い出したり、
そいつみたいに関わりのない話として切り離す主(あるじ)ってのは、
今も昔も後を断たないんだよねぇ。」
「え? でもさ…。」
その人は、主人の懐具合のためにってそんなことを手掛けてたんだろに? なのになんで、関わりがないどころか“知らない”なんて酷いことを言うのさと。よくあることだというのすら信じられないらしき純真さに、よくよく熟したビワの実を、丁寧に剥いての小皿へ宝石のように盛ってから差し出したサンジが肩をすくめて、
「そういう卑怯な奴でもな、
血筋っつうのか、親が殿様やそれへ近かったからってだけで、
よく出来た部下をまんま引き継ぐってのはよくある話だからな。」
大方、元いた藩での不祥事ってのも、そのお馬鹿な若様だか主人だかがやらかしたことなんじゃね? だってことから家がお取りつぶしになっても離れて行かず、食うに困らぬようにって、若様が喰いついたんだろ怪しい所業へも頑張ってたんだろうによ。盲従ってのを止めればよかったんだよな。そうそう、いけないことへはちゃんと叱り飛ばすよな三太夫じゃねぇと結局は共倒れじゃんかと、若い顔触れがそれでも世間は知ってるさねと、喧々囂々、見解を並べていたその同じころ、
「とはいえ。
そんなにお困りならば、
我らが当主、ネフェルタリ・コブラ様とて悪いようにはなさらない。
元おいでの藩へも口利きして差し上げないではないと…
思ったのですがと、こそりと囁いたらその途端。
打って変わって、
その者は私の窮地を見かねて動いてくれた忠義の家老ですと。
豹変してのゴマの摺りようが、何とも可笑しかったったら。」
そこまで“可笑しかった”と仰せな割に、ほほとも声を立てぬまま、薄くにっこりとだけ微笑った黒髪のお姉様。直接の捕り方に紛れ込み、そんな現場から実行犯の総大将だろう若様のところへ事情聴取に真っ直ぐ出向いたゲンゾウ殿の傍らから、ずずいと膝を進めての、鋭く一言を付け足したことで、あっさりと共犯でございますとの証言引き出した。一番恐ろしい働きをやってのけた謎の人。よく分からない展開にも翻弄されず、まずは“今何と申されたか”と若様の方への言致を確認してから、
『…貴様、何奴っっ!』
とばかり、謎の配下を捕らえんと延された手の先からヒラリ飛び上がって逃れたそのまま。すすけた屋敷の天井をぶちやぶっての逃走果たしたお人とは、到底思えぬ涼しいお顔のお姉様。声を低めての語らいだったのは、そういう性分だからというのも勿論あったが、それ以上に、
「…………。」
「いいわよ、お返事なんて。」
むっすり押し黙ったままの屈強な雲水さんが、それでも目線をちらりと動かしたのへ。先んじるようそんな一言を返して差し上げ。婀娜な微笑みをなお濃くしつつ、
「私はただ、どう片付いたかを聞かせてあげたかっただけ。
上へと報告する必要から、
それを知ろうと無駄にあちこち嗅ぎ回って時間を使い、
親分さんとの顔合わせの刻を削らせちゃあお気の毒だもの。」
そこまで周到なお言いようをした、当藩藩主直属の隠密である彼女が、それはそれは和んだ眼差しで眺めておいでなのは。向かい合う雲水殿…ではなくて、そのお膝にふわふかな頬のせて、くうすうとおネムな幼い寝顔の持ち主さんへ。相手方にお武家が何人か混ざっていたがため、手古摺っての結構にぎわった捕り物自体は、とはいえ それほど遅い時刻の話じゃなかったが。そこへ至るまでの前支度、話題の“置いてけ”の声って騒ぎは、一体どこの堀の話かとか、それへ雲水姿の存在が嗅ぎ回ってた気配はなかったかとか。ルフィ親分も彼なりに頑張って、訊いて回るというお調べをしてから臨んだもんだから。やっと捕まえた坊様に逢えたという目標を達成したその途端、いろんなところから力も抜けたらしくって。全員を無事に引っ括っての捕り押さえ、捕り方は現地で解散となった後、いつもの夜鳴きソバ屋にて、ちょいと奮発、カモ南蛮の10杯目を食べてた途中から、こっくりこっくりと舟を漕ぎ始めていた親分さんであり。
「あの屋台へ、照り焼きにしたカモなんて上等なもんを届けさせたのは、」
「ええ。コブラ様の計らいですわ。」
もっとも何処へというお知らせをしたのは、下調べをした私だけれどと。今度こそは心から楽しいことへという笑いようをし、きれいな白い手の甲を口許へと添えるお姉様だったりし。
『あの空き屋敷で不穏な動きがあるらしいことは察知されてた。
ただ、何処の藩の存在の関わりかによって、
我々の対処も変わって来るのは否めない。』
まさかとは思うが、大元の持ち主やその血統の誰かが紹介者としてでも関わっていたのなら、ウチの藩としてはどう出ていいものか、そうそう簡単には答えを出せないこととなりかねぬ。ただでさえ独自勝手な貨幣鋳造は幕府への反逆の最たるものとされること、即座に中央へ通報すべきだし、あなたたち公儀の隠密も入り込んでるからにはもはや探査に時間を取れないというもの。とはいえ、違うなら…今度はそちらの藩との間柄に後腐れを残しかねない。そういう勘違いを起こしても無理はないとの理屈も、当事者にはあまり功を奏さない。それどころか、逆恨みの対象にだってされかねぬ前例は腐るほど。無益な争いや遺恨をよしとしないコブラ様の意向を何よりも優先するには、順を追ったお調べじゃあ間に合わないとあって……。
「あなたが目をつけてくれた方向へ、私たちも賭けたってわけ。」
「ほほぉ。」
じゃあ鴨肉の10枚や20枚なんてのはお安いほうか。そうよ、かざぐるまの方へも明日の朝には活きのいい大きめの鯛やヒラメたちが荷車ごと届くはず…と。そりゃあ にぃっこりと微笑ったのを最後に、どこぞかのめるへんに出て来る笑いネコよろしく、すすすとその姿を音もなく夜陰へ溶かし込んだお姉様。それと入れ替わるように、う〜んと小さく唸り、目許をこしこしと幼い仕草で擦りつつ、ゆっくりと目を開いた…今宵も大活躍した親分さん。
「? 何か誰か居たんか?」
独り言を言うような坊様じゃなかろうにと、そのくらいはちゃんと把握していたらしくて。よいちょと腕を伸ばしつつ身を起こす仕草の中、ちょっぴりよじれ気味の言いようをする親分へ、
「いんや、誰も。」
そうそう、さっき食べかけてたカモ南蛮。そばの具としてじゃあ冷めちまったら美味くなかろってんで、屋台のご主人のドルトンさんが鴨だけ退けて炊き込んでくれた、こうしておけば冷やご飯にも合わせられますってよと。笹を敷いた竹わっぱにご飯と一緒に詰めたのを、見えるようにと月明かりの下へ差し出せば、
「あ、ここってお社なんだ。」
「…今 思い出したんですかい。」
花見のお弁当でも差し出されたかのように、そりゃあ嬉しそうなお顔になった親分さんだが、そのついでに周囲を見回してのこのお言いよう、
「だってよ、俺、屋台で寝ちまったみたいだし。」
「それは…そうでしたが。」
此処まで来る途中の道々、おぶわれた格好で話しかけて来たのへと、こちらからも応じるというやりとりがあって。そんな道中が結構楽しかったのだがと、心の奥底で苦笑をしたお坊様なのとほぼ同時、
“……そか、
じゃあ あれって、やっぱ夢じゃなかったんだ。////////”
頭の何処を切られたんだ? 大したことないっすよ。でもな、チョッパーが凄げぇ案じてた。俺ってそこだけ仏の御加護が強いのか、傷の治りが早いんで。そんなときだけ持ち出されちゃあ、仏様が怒るぞ…なんてな調子で、気さくに話したあれやこれや。胸板をくっつけた大きな背中越しに聞いたのが、夢じゃあなかったのが嬉しくってしょうがないと。お弁当への嬉しいに紛れさせ、こっそり にまにま微笑っておいでの、お手柄親分さんだったそうでございます。
〜Fine〜 11.06.13.〜06.18.
*やっぱりなかなか進展はしないお二人みたいでvv
いいところで、そこまでは協力してくれた大人が邪魔をしたり…が、
こういうことへの定番なはずですが、
ウチのはそういうの…いかがなんでしょうかねぇ?
めるふぉvv


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